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circa AD 48–96
Letters to the Churches
Paul and other apostles write to strengthen, correct, and encourage the scattered churches across the Roman world.
- コリント人への手紙一 11:31紀元 59 年頃
しかし、自分をよくわきまえておくならば、わたしたちはさばかれることはないであろう。
- コリント人への手紙一 11:32紀元 59 年頃
しかし、さばかれるとすれば、それは、この世と共に罪に定められないために、主の懲らしめを受けることなのである。
- コリント人への手紙一 11:33紀元 59 年頃
それだから、兄弟たちよ。食事のために集まる時には、互に待ち合わせなさい。
- コリント人への手紙一 11:34紀元 59 年頃
もし空腹であったら、さばきを受けに集まることにならないため、家で食べるがよい。そのほかの事は、わたしが行った時に、定めることにしよう。
- コリント人への手紙一 12:1紀元 59 年頃
兄弟たちよ。霊の賜物については、次のことを知らずにいてもらいたくない。
- コリント人への手紙一 12:2紀元 59 年頃
あなたがたがまだ異邦人であった時、誘われるまま、物の言えない偶像のところに引かれて行ったことは、あなたがたの承知しているとおりである。
- コリント人への手紙一 12:3紀元 59 年頃
そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。
- コリント人への手紙一 12:4紀元 59 年頃
霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。
- コリント人への手紙一 12:5紀元 59 年頃
務は種々あるが、主は同じである。
- コリント人への手紙一 12:6紀元 59 年頃
働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである。
- コリント人への手紙一 12:7紀元 59 年頃
各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるためである。
- コリント人への手紙一 12:8紀元 59 年頃
すなわち、ある人には御霊によって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には、同じ御霊によって知識の言、
- コリント人への手紙一 12:9紀元 59 年頃
またほかの人には、同じ御霊によって信仰、またほかの人には、一つの御霊によっていやしの賜物、
- コリント人への手紙一 12:10紀元 59 年頃
またほかの人には力あるわざ、またほかの人には預言、またほかの人には霊を見わける力、またほかの人には種々の異言、またほかの人には異言を解く力が、与えられている。
- コリント人への手紙一 12:11紀元 59 年頃
すべてこれらのものは、一つの同じ御霊の働きであって、御霊は思いのままに、それらを各自に分け与えられるのである。
- コリント人への手紙一 12:12紀元 59 年頃
からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。
- コリント人への手紙一 12:13紀元 59 年頃
なぜなら、わたしたちは皆、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によって、一つのからだとなるようにバプテスマを受け、そして皆一つの御霊を飲んだからである。
- コリント人への手紙一 12:14紀元 59 年頃
実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。
- コリント人への手紙一 12:15紀元 59 年頃
もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。
- コリント人への手紙一 12:16紀元 59 年頃
また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。
- コリント人への手紙一 12:17紀元 59 年頃
もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。
- コリント人への手紙一 12:18紀元 59 年頃
そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。
- コリント人への手紙一 12:19紀元 59 年頃
もし、すべてのものが一つの肢体なら、どこにからだがあるのか。
- コリント人への手紙一 12:20紀元 59 年頃
ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである。
- コリント人への手紙一 12:21紀元 59 年頃
目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。