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circa 1050–1010 BC

Samuel & King Saul

Israel demands a king; Samuel anoints Saul, whose disobedience leads to his rejection as God chooses a man after his own heart.

810 節 · 1 巻を収録

この時代の聖句

  1. サムエル記上 13:3紀元前 1093 年頃

    ヨナタンは、ゲバにあるペリシテびとの守備兵を敗った。ペリシテびとはそのことを聞いた。そこで、サウルは国中に、あまねく角笛を吹きならして言わせた、「ヘブルびとよ、聞け」。

  2. サムエル記上 13:4紀元前 1093 年頃

    イスラエルの人は皆、サウルがペリシテびとの守備兵を敗ったこと、そしてイスラエルがペリシテびとに憎まれるようになったことを聞いた。こうして民は召されて、ギルガルのサウルのもとに集まった。

  3. サムエル記上 13:5紀元前 1093 年頃

    ペリシテびとはイスラエルと戦うために集まった。戦車三千、騎兵六千、民は浜べの砂のように多かった。彼らは上ってきて、ベテアベンの東のミクマシに陣を張った。

  4. サムエル記上 13:6紀元前 1093 年頃

    イスラエルびとは、ひどく圧迫され、味方が危くなったのを見て、ほら穴に、縦穴に、岩に、墓に、ため池に身を隠した。

  5. サムエル記上 13:7紀元前 1093 年頃

    また、あるヘブルびとはヨルダンを渡って、ガドとギレアデの地へ行った。しかしサウルはなおギルガルにいて、民はみな、ふるえながら彼に従った。

  6. サムエル記上 13:8紀元前 1093 年頃

    サウルは、サムエルが定めたように、七日のあいだ待ったが、サムエルがギルガルにこなかったので、民は彼を離れて散って行った。

  7. サムエル記上 13:9紀元前 1093 年頃

    そこでサウルは言った、「燔祭と酬恩祭をわたしの所に持ってきなさい」。こうして彼は燔祭をささげた。

  8. サムエル記上 13:10紀元前 1093 年頃

    その燔祭をささげ終ると、サムエルがきた。サウルはあいさつをしようと、彼を迎えに出た。

  9. サムエル記上 13:11紀元前 1093 年頃

    その時サムエルは言った、「あなたは何をしたのですか」。サウルは言った、「民はわたしを離れて散って行き、あなたは定まった日のうちにこられないのに、ペリシテびとがミクマシに集まったのを見たので、

  10. サムエル記上 13:12紀元前 1093 年頃

    わたしは、ペリシテびとが今にも、ギルガルに下ってきて、わたしを襲うかも知れないのに、わたしはまだ主の恵みを求めることをしていないと思い、やむを得ず燔祭をささげました」。

  11. サムエル記上 13:13紀元前 1093 年頃

    サムエルはサウルに言った、「あなたは愚かなことをした。あなたは、あなたの神、主の命じられた命令を守らなかった。もし守ったならば、主は今あなたの王国を長くイスラエルの上に確保されたであろう。

  12. サムエル記上 13:14紀元前 1093 年頃

    しかし今は、あなたの王国は続かないであろう。主は自分の心にかなう人を求めて、その人に民の君となることを命じられた。あなたが主の命じられた事を守らなかったからである」。

  13. サムエル記上 13:15紀元前 1093 年頃

    こうしてサムエルは立って、ギルガルからベニヤミンのギベアに上っていった。 サウルは共にいる民を数えてみたが、おおよそ六百人あった。

  14. サムエル記上 13:16紀元前 1093 年頃

    サウルとその子ヨナタン、ならびに、共にいる民は、ベニヤミンのゲバにおり、ペリシテびとはミクマシに陣を張っていた。

  15. サムエル記上 13:17紀元前 1093 年頃

    そしてペリシテびとの陣から三つの部隊にわかれた略奪隊が出てきて、一部隊はオフラの方に向かって、シュアルの地に行き、

  16. サムエル記上 13:18紀元前 1093 年頃

    一部隊はベテホロンの方に向かい、一部隊は荒野の方のゼボイムの谷を見おろす境の方に向かった。

  17. サムエル記上 13:19紀元前 1093 年頃

    そのころ、イスラエルの地にはどこにも鉄工がいなかった。ペリシテびとが「ヘブルびとはつるぎも、やりも造ってはならない」と言ったからである。

  18. サムエル記上 13:20紀元前 1093 年頃

    ただしイスラエルの人は皆、そのすきざき、くわ、おの、かまに刃をつけるときは、ペリシテびとの所へ下って行った。

  19. サムエル記上 13:21紀元前 1093 年頃

    すきざきと、くわのための料金は一ピムであり、おのに刃をつけるのと、とげのあるむちを直すのは三分の一シケルであった。

  20. サムエル記上 13:22紀元前 1093 年頃

    それでこの戦いの日には、サウルおよびヨナタンと共にいた民の手には、つるぎもやりもなく、ただサウルとその子ヨナタンとがそれを持っていた。

  21. サムエル記上 13:23紀元前 1093 年頃

    ペリシテびとの先陣はミクマシの渡りに進み出た。

  22. サムエル記上 14:1紀元前 1087 年頃

    ある日、サウルの子ヨナタンは、その武器を執る若者に「さあ、われわれは向こう側の、ペリシテびとの先陣へ渡って行こう」と言った。しかしヨナタンは父には告げなかった。

  23. サムエル記上 14:2紀元前 1087 年頃

    サウルはギベアのはずれで、ミグロンにある、ざくろの木の下にとどまっていたが、共にいた民はおおよそ六百人であった。

  24. サムエル記上 14:3紀元前 1087 年頃

    またアヒヤはエポデを身に着けて共にいた。アヒヤはアヒトブの子、アヒトブはイカボデの兄弟、イカボデはピネハスの子、ピネハスはシロにおいて主の祭司であったエリの子である。民はヨナタンが出かけることを知らなかった。

  25. サムエル記上 14:4紀元前 1087 年頃

    ヨナタンがペリシテびとの先陣に渡って行こうとする渡りには、一方に険しい岩があり、他方にも険しい岩があり、一方の名をボゼヅといい、他方の名をセネといった。