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Circumcision についての聖句

79 節 · 58 件の側面

重要な聖句

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  1. だから、もし無割礼の者が律法の規定を守るなら、その無割礼は割礼と見なされるではないか。

  2. かつ、生れながら無割礼の者であって律法を全うする者は、律法の文字と割礼とを持ちながら律法を犯しているあなたを、さばくのである。

  3. というのは、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。

  4. かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。

  5. さて、この幸福は、割礼の者だけが受けるのか。それとも、無割礼の者にも及ぶのか。わたしたちは言う、「アブラハムには、その信仰が義と認められた」のである。

  6. それでは、どういう場合にそう認められたのか。割礼を受けてからか、それとも受ける前か。割礼を受けてからではなく、無割礼の時であった。

  7. そして、アブラハムは割礼というしるしを受けたが、それは、無割礼のままで信仰によって受けた義の証印であって、彼が、無割礼のままで信じて義とされるに至るすべての人の父となり、

  8. また、アブラハムの子孫だからといって、その全部が子であるのではないからである。かえって「イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるであろう」。

  9. すなわち、肉の子がそのまま神の子なのではなく、むしろ約束の子が子孫として認められるのである。

  10. 約束の言葉はこうである。「来年の今ごろ、わたしはまた来る。そして、サラに男子が与えられるであろう」。

  11. そればかりではなく、ひとりの人、すなわち、わたしたちの父祖イサクによって受胎したリベカの場合も、また同様である。

  12. まだ子供らが生れもせず、善も悪もしない先に、神の選びの計画が、

  13. わざによらず、召したかたによって行われるために、「兄は弟に仕えるであろう」と、彼女に仰せられたのである。

  14. 「わたしはヤコブを愛しエサウを憎んだ」と書いてあるとおりである。

  15. 召されたとき割礼を受けていたら、その跡をなくそうとしないがよい。また、召されたとき割礼を受けていなかったら、割礼を受けようとしないがよい。

  16. 割礼があってもなくても、それは問題ではない。大事なのは、ただ神の戒めを守ることである。

  17. しかし、わたしが連れていたテトスでさえ、ギリシヤ人であったのに、割礼をしいられなかった。

  18. それは、忍び込んできたにせ兄弟らがいたので――彼らが忍び込んできたのは、キリスト・イエスにあって持っているわたしたちの自由をねらって、わたしたちを奴隷にするためであった。

  19. わたしたちは、福音の真理があなたがたのもとに常にとどまっているように、瞬時も彼らの強要に屈服しなかった。

  20. 見よ、このパウロがあなたがたに言う。もし割礼を受けるなら、キリストはあなたがたに用のないものになろう。

  21. 割礼を受けようとするすべての人たちに、もう一度言っておく。そういう人たちは、律法の全部を行う義務がある。

  22. 律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。

  23. わたしたちは、御霊の助けにより、信仰によって義とされる望みを強くいだいている。

  24. キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである。

  25. あなたがたはよく走り続けてきたのに、だれが邪魔をして、真理にそむかせたのか。