- English
- King James KJV
- Complete Jewish CJB
- World English WEBM
- Berean Standard BSB
- American Standard ASV
- Geneva GNV
- Young's Literal YLT
- Douay-Rheims DRC
- International
- Shqip ALB
- العربية SVD
- বাংলা BN-IRV
- မြန်မာ Judson
- 简体文 CUV-S
- 繁體中文 CUV-T
- Čeština BKR
- Nederlands STVE
- Français LSG
- Deutsch SCH
- Ελληνικά Vamvas
- ગુજરાતી GU-IRV
- Hausa HCB
- עברית Hebrew
- हिन्दी HCV
- Magyar KAROLI
- Bahasa Indonesia INDO-TB
- Italiano Diodati
- 日本語 Kougo
- 한국어 Korean
- മലയാളം MAL
- मराठी MRCV
- Norsk DNB
- فارسی OPV
- Polski BG
- Português Almeida
- Română Cornilescu
- Русский Synodal
- Español RVG
- Kiswahili Neno
- Svenska SV1917
- Tagalog TAG-ADB
- தமிழ் TCV
- తెలుగు TSA
- ภาษาไทย THAI-KJV
- Українська Ohienko
- Tiếng Việt CADMAN
- Yorùbá YCB
circa AD 48–96
Letters to the Churches
Paul and other apostles write to strengthen, correct, and encourage the scattered churches across the Roman world.
- ヘブル人への手紙 3:11紀元 64 年頃
そこで、わたしは怒って、彼らをわたしの安息にはいらせることはしない、と誓った」。
- ヘブル人への手紙 3:12紀元 64 年頃
兄弟たちよ。気をつけなさい。あなたがたの中には、あるいは、不信仰な悪い心をいだいて、生ける神から離れ去る者があるかも知れない。
- ヘブル人への手紙 3:13紀元 64 年頃
あなたがたの中に、罪の惑わしに陥って、心をかたくなにする者がないように、「きょう」といううちに、日々、互に励まし合いなさい。
- ヘブル人への手紙 3:14紀元 64 年頃
もし最初の確信を、最後までしっかりと持ち続けるならば、わたしたちはキリストにあずかる者となるのである。
- ヘブル人への手紙 3:15紀元 64 年頃
それについて、こう言われている、 「きょう、み声を聞いたなら、 神にそむいた時のように、 あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」。
- ヘブル人への手紙 3:16紀元 64 年頃
すると、聞いたのにそむいたのは、だれであったのか。モーセに率いられて、エジプトから出て行ったすべての人々ではなかったか。
- ヘブル人への手紙 3:17紀元 64 年頃
また、四十年の間、神がいきどおられたのはだれに対してであったか。罪を犯して、その死かばねを荒野にさらした者たちに対してではなかったか。
- ヘブル人への手紙 3:18紀元 64 年頃
また、神が、わたしの安息に、はいらせることはしない、と誓われたのは、だれに向かってであったか。不従順な者に向かってではなかったか。
- ヘブル人への手紙 3:19紀元 64 年頃
こうして、彼らがはいることのできなかったのは、不信仰のゆえであることがわかる。
- ヘブル人への手紙 4:1紀元 64 年頃
それだから、神の安息にはいるべき約束が、まだ存続しているにかかわらず、万一にも、はいりそこなう者が、あなたがたの中から出ることがないように、注意しようではないか。
- ヘブル人への手紙 4:2紀元 64 年頃
というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。
- ヘブル人への手紙 4:3紀元 64 年頃
ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。それは、 「わたしが怒って、 彼らをわたしの安息に、はいらせることはしないと、誓ったように」 と言われているとおりである。しかも、みわざは世の初めに、でき上がっていた。
- ヘブル人への手紙 4:4紀元 64 年頃
すなわち、聖書のある箇所で、七日目のことについて、「神は、七日目にすべてのわざをやめて休まれた」と言われており、
- ヘブル人への手紙 4:5紀元 64 年頃
またここで、「彼らをわたしの安息に、はいらせることはしない」と言われている。
- ヘブル人への手紙 4:6紀元 64 年頃
そこで、その安息にはいる機会が、人々になお残されているのであり、しかも、初めに福音を伝えられた人々は、不従順のゆえに、はいることをしなかったのであるから、
- ヘブル人への手紙 4:7紀元 64 年頃
神は、あらためて、ある日を「きょう」として定め、長く時がたってから、先に引用したとおり、 「きょう、み声を聞いたなら、 あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」 とダビデをとおして言われたのである。
- ヘブル人への手紙 4:8紀元 64 年頃
もしヨシュアが彼らを休ませていたとすれば、神はあとになって、ほかの日のことについて語られたはずはない。
- ヘブル人への手紙 4:9紀元 64 年頃
こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。
- ヘブル人への手紙 4:10紀元 64 年頃
なぜなら、神の安息にはいった者は、神がみわざをやめて休まれたように、自分もわざを休んだからである。
- ヘブル人への手紙 4:11紀元 64 年頃
したがって、わたしたちは、この安息にはいるように努力しようではないか。そうでないと、同じような不従順の悪例にならって、落ちて行く者が出るかもしれない。
- ヘブル人への手紙 4:12紀元 64 年頃
というのは、神の言は生きていて、力があり、もろ刃のつるぎよりも鋭くて、精神と霊魂と、関節と骨髄とを切り離すまでに刺しとおして、心の思いと志とを見分けることができる。
- ヘブル人への手紙 4:13紀元 64 年頃
そして、神のみまえには、あらわでない被造物はひとつもなく、すべてのものは、神の目には裸であり、あらわにされているのである。この神に対して、わたしたちは言い開きをしなくてはならない。
- ヘブル人への手紙 4:14紀元 64 年頃
さて、わたしたちには、もろもろの天をとおって行かれた大祭司なる神の子イエスがいますのであるから、わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではないか。
- ヘブル人への手紙 4:15紀元 64 年頃
この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのである。
- ヘブル人への手紙 4:16紀元 64 年頃
だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。