- English
- King James KJV
- Complete Jewish CJB
- World English WEBM
- Berean Standard BSB
- American Standard ASV
- Geneva GNV
- Young's Literal YLT
- Douay-Rheims DRC
- International
- Shqip ALB
- العربية SVD
- বাংলা BN-IRV
- မြန်မာ Judson
- 简体文 CUV-S
- 繁體中文 CUV-T
- Čeština BKR
- Nederlands STVE
- Français LSG
- Deutsch SCH
- Ελληνικά Vamvas
- ગુજરાતી GU-IRV
- Hausa HCB
- עברית Hebrew
- हिन्दी HCV
- Magyar KAROLI
- Bahasa Indonesia INDO-TB
- Italiano Diodati
- 日本語 Kougo
- 한국어 Korean
- മലയാളം MAL
- मराठी MRCV
- Norsk DNB
- فارسی OPV
- Polski BG
- Português Almeida
- Română Cornilescu
- Русский Synodal
- Español RVG
- Kiswahili Neno
- Svenska SV1917
- Tagalog TAG-ADB
- தமிழ் TCV
- తెలుగు TSA
- ภาษาไทย THAI-KJV
- Українська Ohienko
- Tiếng Việt CADMAN
- Yorùbá YCB
The Christ Jesus についての聖句
重要な聖句
そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。
すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。
そして食事を共にしているとき、彼らにお命じになった、「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい。
すなわち、ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によって、バプテスマを授けられるであろう」。
さて、弟子たちが一緒に集まったとき、イエスに問うて言った、「主よ、イスラエルのために国を復興なさるのは、この時なのですか」。
彼らに言われた、「時期や場合は、父がご自分の権威によって定めておられるのであって、あなたがたの知る限りではない。
ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。
それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。このことは、あなたがたが現に見聞きしているとおりである。
ダビデが天に上ったのではない。彼自身こう言っている、 『主はわが主に仰せになった、
それは、主のみ前から慰めの時がきて、あなたがたのためにあらかじめ定めてあったキリストなるイエスを、神がつかわして下さるためである。
このイエスは、神が聖なる預言者たちの口をとおして、昔から預言しておられた万物更新の時まで、天にとどめておかれねばならなかった。
しかし、彼は聖霊に満たされて、天を見つめていると、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた。
そこで、彼は「ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える」と言った。
こうして、彼らがステパノに石を投げつけている間、ステパノは祈りつづけて言った、「主イエスよ、わたしの霊をお受け下さい」。
そして、ひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい」。こう言って、彼は眠りについた。
シラスとテモテが、マケドニヤから下ってきてからは、パウロは御言を伝えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちに力強くあかしした。
しかし、彼らがこれに反抗してののしり続けたので、パウロは自分の上着を振りはらって、彼らに言った、「あなたがたの血は、あなたがた自身にかえれ。わたしには責任がない。今からわたしは異邦人の方に行く」。
しかし、わたしは今日に至るまで神の加護を受け、このように立って、小さい者にも大きい者にもあかしをなし、預言者たちやモーセが、今後起るべきだと語ったことを、そのまま述べてきました。
すなわち、キリストが苦難を受けること、また、死人の中から最初によみがえって、この国民と異邦人とに、光を宣べ伝えるに至ることを、あかししたのです」。
ある者はパウロの言うことを受けいれ、ある者は信じようともしなかった。
互に意見が合わなくて、みんなの者が帰ろうとしていた時、パウロはひとこと述べて言った、「聖霊はよくも預言者イザヤによって、あなたがたの先祖に語ったものである。
わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時いたって、不信心な者たちのために死んで下さったのである。
正しい人のために死ぬ者は、ほとんどいないであろう。善人のためには、進んで死ぬ者もあるいはいるであろう。
しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。
律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。