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Righteousness についての聖句
重要な聖句
信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。
彼らは信仰によって、国々を征服し、義を行い、約束のものを受け、ししの口をふさぎ、
すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。
父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。
わたしの兄弟たちよ。ある人が自分には信仰があると称していても、もし行いがなかったら、なんの役に立つか。その信仰は彼を救うことができるか。
ある兄弟または姉妹が裸でいて、その日の食物にもこと欠いている場合、
あなたがたのうち、だれかが、「安らかに行きなさい。暖まって、食べ飽きなさい」と言うだけで、そのからだに必要なものを何ひとつ与えなかったとしたら、なんの役に立つか。
信仰も、それと同様に、行いを伴わなければ、それだけでは死んだものである。
しかし、「ある人には信仰があり、またほかの人には行いがある」と言う者があろう。それなら、行いのないあなたの信仰なるものを見せてほしい。そうしたら、わたしの行いによって信仰を見せてあげよう。
あなたは、神はただひとりであると信じているのか。それは結構である。悪霊どもでさえ、信じておののいている。
ああ、愚かな人よ。行いを伴わない信仰のむなしいことを知りたいのか。
わたしたちの父祖アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげた時、行いによって義とされたのではなかったか。
あなたが知っているとおり、彼においては、信仰が行いと共に働き、その行いによって信仰が全うされ、
こうして、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の友」と唱えられたのである。
これでわかるように、人が義とされるのは、行いによるのであって、信仰だけによるのではない。
同じように、かの遊女ラハブでさえも、使者たちをもてなし、彼らを別な道から送り出した時、行いによって義とされたではないか。
霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。
泉が、甘い水と苦い水とを、同じ穴からふき出すことがあろうか。
わたしの兄弟たちよ。いちじくの木がオリブの実を結び、ぶどうの木がいちじくの実を結ぶことができようか。塩水も、甘い水を出すことはできない。
あなたがたのうちで、知恵があり物わかりのよい人は、だれであるか。その人は、知恵にかなう柔和な行いをしていることを、よい生活によって示すがよい。
しかし、もしあなたがたの心の中に、苦々しいねたみや党派心をいだいているのなら、誇り高ぶってはならない。また、真理にそむいて偽ってはならない。
そのような知恵は、上から下ってきたものではなくて、地につくもの、肉に属するもの、悪魔的なものである。
ねたみと党派心とのあるところには、混乱とあらゆる忌むべき行為とがある。
しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。
義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである。