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circa AD 48–96
Letters to the Churches
Paul and other apostles write to strengthen, correct, and encourage the scattered churches across the Roman world.
- ローマ人への手紙 9:26紀元 60 年頃
あなたがたはわたしの民ではないと、 彼らに言ったその場所で、 彼らは生ける神の子らであると、 呼ばれるであろう」。
- ローマ人への手紙 9:27紀元 60 年頃
また、イザヤはイスラエルについて叫んでいる、 「たとい、イスラエルの子らの数は、 浜の砂のようであっても、 救われるのは、残された者だけであろう。
- ローマ人への手紙 9:28紀元 60 年頃
主は、御言をきびしくまたすみやかに、 地上になしとげられるであろう」。
- ローマ人への手紙 9:29紀元 60 年頃
さらに、イザヤは預言した、 「もし、万軍の主がわたしたちに 子孫を残されなかったなら、 わたしたちはソドムのようになり、 ゴモラと同じようになったであろう」。
- ローマ人への手紙 9:30紀元 60 年頃
では、わたしたちはなんと言おうか。義を追い求めなかった異邦人は、義、すなわち、信仰による義を得た。
- ローマ人への手紙 9:31紀元 60 年頃
しかし、義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法に達しなかった。
- ローマ人への手紙 9:32紀元 60 年頃
なぜであるか。信仰によらないで、行いによって得られるかのように、追い求めたからである。彼らは、つまずきの石につまずいたのである。
- ローマ人への手紙 9:33紀元 60 年頃
「見よ、わたしはシオンに、 つまずきの石、さまたげの岩を置く。 それにより頼む者は、失望に終ることがない」 と書いてあるとおりである。
- ローマ人への手紙 10:1紀元 60 年頃
兄弟たちよ。わたしの心の願い、彼らのために神にささげる祈は、彼らが救われることである。
- ローマ人への手紙 10:2紀元 60 年頃
わたしは、彼らが神に対して熱心であることはあかしするが、その熱心は深い知識によるものではない。
- ローマ人への手紙 10:3紀元 60 年頃
なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。
- ローマ人への手紙 10:4紀元 60 年頃
キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終りとなられたのである。
- ローマ人への手紙 10:5紀元 60 年頃
モーセは、律法による義を行う人は、その義によって生きる、と書いている。
- ローマ人への手紙 10:6紀元 60 年頃
しかし、信仰による義は、こう言っている、「あなたは心のうちで、だれが天に上るであろうかと言うな」。それは、キリストを引き降ろすことである。
- ローマ人への手紙 10:7紀元 60 年頃
また、「だれが底知れぬ所に下るであろうかと言うな」。それは、キリストを死人の中から引き上げることである。
- ローマ人への手紙 10:8紀元 60 年頃
では、なんと言っているか。「言葉はあなたの近くにある。あなたの口にあり、心にある」。この言葉とは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉である。
- ローマ人への手紙 10:9紀元 60 年頃
すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。
- ローマ人への手紙 10:10紀元 60 年頃
なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。
- ローマ人への手紙 10:11紀元 60 年頃
聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。
- ローマ人への手紙 10:12紀元 60 年頃
ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。
- ローマ人への手紙 10:13紀元 60 年頃
なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。
- ローマ人への手紙 10:14紀元 60 年頃
しかし、信じたことのない者を、どうして呼び求めることがあろうか。聞いたことのない者を、どうして信じることがあろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか。
- ローマ人への手紙 10:15紀元 60 年頃
つかわされなくては、どうして宣べ伝えることがあろうか。「ああ、麗しいかな、良きおとずれを告げる者の足は」と書いてあるとおりである。
- ローマ人への手紙 10:16紀元 60 年頃
しかし、すべての人が福音に聞き従ったのではない。イザヤは、「主よ、だれがわたしたちから聞いたことを信じましたか」と言っている。
- ローマ人への手紙 10:17紀元 60 年頃
したがって、信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである。