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Man についての聖句

106 節 · 114 件の側面

重要な聖句

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  1. かつ、この賜物は、ひとりの犯した罪の結果とは異なっている。なぜなら、さばきの場合は、ひとりの罪過から、罪に定めることになったが、恵みの場合には、多くの人の罪過から、義とする結果になるからである。

  2. もし、ひとりの罪過によって、そのひとりをとおして死が支配するに至ったとすれば、まして、あふれるばかりの恵みと義の賜物とを受けている者たちは、ひとりのイエス・キリストをとおし、いのちにあって、さらに力強く支配するはずではないか。

  3. このようなわけで、ひとりの罪過によってすべての人が罪に定められたように、ひとりの義なる行為によって、いのちを得させる義がすべての人に及ぶのである。

  4. すなわち、ひとりの人の不従順によって、多くの人が罪人とされたと同じように、ひとりの従順によって、多くの人が義人とされるのである。

  5. わたしたちは、律法は霊的なものであると知っている。しかし、わたしは肉につける者であって、罪の下に売られているのである。

  6. わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである。

  7. もし、自分の欲しない事をしているとすれば、わたしは律法が良いものであることを承認していることになる。

  8. そこで、この事をしているのは、もはやわたしではなく、わたしの内に宿っている罪である。

  9. わたしの内に、すなわち、わたしの肉の内には、善なるものが宿っていないことを、わたしは知っている。なぜなら、善をしようとする意志は、自分にあるが、それをする力がないからである。

  10. すなわち、わたしの欲している善はしないで、欲していない悪は、これを行っている。

  11. もし、欲しないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの内に宿っている罪である。

  12. そこで、善をしようと欲しているわたしに、悪がはいり込んでいるという法則があるのを見る。

  13. すなわち、わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、

  14. わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。

  15. わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。

  16. わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな。このようにして、わたし自身は、心では神の律法に仕えているが、肉では罪の律法に仕えているのである。

  17. この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである。

  18. すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属している形をとるであろう。

  19. 「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。

  20. しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。

  21. わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている。

  22. そして、天から賜わるそのすみかを、上に着ようと切に望みながら、この幕屋の中で苦しみもだえている。

  23. それを着たなら、裸のままではいないことになろう。

  24. この幕屋の中にいるわたしたちは、重荷を負って苦しみもだえている。それを脱ごうと願うからではなく、その上に着ようと願うからであり、それによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためである。

  25. わたしたちを、この事にかなう者にして下さったのは、神である。そして、神はその保証として御霊をわたしたちに賜わったのである。