circa 1446–1406 BC
The Wilderness Years
Forty years of wandering in the desert test Israel's faith and prepare a new generation to enter the promised land.
- 民数記 32:37紀元前 1452 年頃
またルベンの子孫は、ヘシボン、エレアレ、キリヤタイム、
- 民数記 32:38紀元前 1452 年頃
および後に名を改めたネボと、バアル・メオンの町を建て、またシブマの町を建てた。彼らは建てた町々に新しい名を与えた。
- 民数記 32:39紀元前 1452 年頃
またマナセの子マキルの子孫はギレアデに行って、そこを取り、その住民アモリびとを追い払ったので、
- 民数記 32:40紀元前 1452 年頃
モーセはギレアデをマナセの子マキルに与えてそこに住まわせた。
- 民数記 32:41紀元前 1452 年頃
またマナセの子ヤイルは行って村々を取り、それをハオテヤイルと名づけた。
- 民数記 32:42紀元前 1452 年頃
またノバは行ってケナテとその村々を取り、自分の名にしたがって、それをノバと名づけた。
イスラエルの人々が、モーセとアロンとに導かれ、その部隊に従って、エジプトの国を出てから経た旅路は次のとおりである。
モーセは主の命により、その旅路にしたがって宿駅を書きとめた。その宿駅にしたがえば旅路は次のとおりである。
彼らは正月の十五日にラメセスを出立した。すなわち過越の翌日イスラエルの人々は、すべてのエジプトびとの目の前を意気揚々と出立した。
その時エジプトびとは、主に撃ち殺されたすべてのういごを葬っていた。主はまた彼らの神々にも罰を加えられた。
こうしてイスラエルの人々はラメセスを出立してスコテに宿営し、
スコテを出立して荒野の端にあるエタムに宿営し、
エタムを出立してバアル・ゼポンの前にあるピハヒロテに引き返してミグドルの前に宿営し、
ピハヒロテを出立して、海のなかをとおって荒野に入り、エタムの荒野を三日路ほど行って、メラに宿営し、
メラを出立し、エリムに行って宿営した。エリムには水の泉十二と、なつめやし七十本とがあった。
エリムを出立して紅海のほとりに宿営し、
紅海を出立してシンの荒野に宿営し、
シンの荒野を出立してドフカに宿営し、
ドフカを出立してアルシに宿営し、
アルシを出立してレピデムに宿営した。そこには民の飲む水がなかった。
レピデムを出立してシナイの荒野に宿営し、
シナイの荒野を出立してキブロテ・ハッタワに宿営し、
キブロテ・ハッタワを出立してハゼロテに宿営し、
ハゼロテを出立してリテマに宿営し、
リテマを出立してリンモン・パレツに宿営し、