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circa AD 48–96
Letters to the Churches
Paul and other apostles write to strengthen, correct, and encourage the scattered churches across the Roman world.
- ヘブル人への手紙 9:1紀元 64 年頃
さて、初めの契約にも、礼拝についてのさまざまな規定と、地上の聖所とがあった。
- ヘブル人への手紙 9:2紀元 64 年頃
すなわち、まず幕屋が設けられ、その前の場所には燭台と机と供えのパンとが置かれていた。これが、聖所と呼ばれた。
- ヘブル人への手紙 9:3紀元 64 年頃
また第二の幕の後に、別の場所があり、それは至聖所と呼ばれた。
- ヘブル人への手紙 9:4紀元 64 年頃
そこには金の香壇と全面金でおおわれた契約の箱とが置かれ、その中にはマナのはいっている金のつぼと、芽を出したアロンのつえと、契約の石板とが入れてあり、
- ヘブル人への手紙 9:5紀元 64 年頃
箱の上には栄光に輝くケルビムがあって、贖罪所をおおっていた。これらのことについては、今ここで、いちいち述べることができない。
- ヘブル人への手紙 9:6紀元 64 年頃
これらのものが、以上のように整えられた上で、祭司たちは常に幕屋の前の場所にはいって礼拝をするのであるが、
- ヘブル人への手紙 9:7紀元 64 年頃
幕屋の奥には大祭司が年に一度だけはいるのであり、しかも自分自身と民とのあやまちのためにささげる血をたずさえないで行くことはない。
- ヘブル人への手紙 9:8紀元 64 年頃
それによって聖霊は、前方の幕屋が存在している限り、聖所にはいる道はまだ開かれていないことを、明らかに示している。
- ヘブル人への手紙 9:9紀元 64 年頃
この幕屋というのは今の時代に対する比喩である。すなわち、供え物やいけにえはささげられるが、儀式にたずさわる者の良心を全うすることはできない。
- ヘブル人への手紙 9:10紀元 64 年頃
それらは、ただ食物と飲み物と種々の洗いごとに関する行事であって、改革の時まで課せられている肉の規定にすぎない。
- ヘブル人への手紙 9:11紀元 64 年頃
しかしキリストがすでに現れた祝福の大祭司としてこられたとき、手で造られず、この世界に属さない、さらに大きく、完全な幕屋をとおり、
- ヘブル人への手紙 9:12紀元 64 年頃
かつ、やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされたのである。
- ヘブル人への手紙 9:13紀元 64 年頃
もし、やぎや雄牛の血や雌牛の灰が、汚れた人たちの上にまきかけられて、肉体をきよめ聖別するとすれば、
- ヘブル人への手紙 9:14紀元 64 年頃
永遠の聖霊によって、ご自身を傷なき者として神にささげられたキリストの血は、なおさら、わたしたちの良心をきよめて死んだわざを取り除き、生ける神に仕える者としないであろうか。
- ヘブル人への手紙 9:15紀元 64 年頃
それだから、キリストは新しい契約の仲保者なのである。それは、彼が初めの契約のもとで犯した罪過をあがなうために死なれた結果、召された者たちが、約束された永遠の国を受け継ぐためにほかならない。
- ヘブル人への手紙 9:16紀元 64 年頃
いったい、遺言には、遺言者の死の証明が必要である。
- ヘブル人への手紙 9:17紀元 64 年頃
遺言は死によってのみその効力を生じ、遺言者が生きている間は、効力がない。
- ヘブル人への手紙 9:18紀元 64 年頃
だから、初めの契約も、血を流すことなしに成立したのではない。
- ヘブル人への手紙 9:19紀元 64 年頃
すなわち、モーセが、律法に従ってすべての戒めを民全体に宣言したとき、水と赤色の羊毛とヒソプとの外に、子牛とやぎとの血を取って、契約書と民全体とにふりかけ、
- ヘブル人への手紙 9:20紀元 64 年頃
そして、「これは、神があなたがたに対して立てられた契約の血である」と言った。
- ヘブル人への手紙 9:21紀元 64 年頃
彼はまた、幕屋と儀式用の器具いっさいにも、同様に血をふりかけた。
- ヘブル人への手紙 9:22紀元 64 年頃
こうして、ほとんどすべての物が、律法に従い、血によってきよめられたのである。血を流すことなしには、罪のゆるしはあり得ない。
- ヘブル人への手紙 9:23紀元 64 年頃
このように、天にあるもののひな型は、これらのものできよめられる必要があるが、天にあるものは、これらより更にすぐれたいけにえで、きよめられねばならない。
- ヘブル人への手紙 9:24紀元 64 年頃
ところが、キリストは、ほんとうのものの模型にすぎない、手で造った聖所にはいらないで、上なる天にはいり、今やわたしたちのために神のみまえに出て下さったのである。
- ヘブル人への手紙 9:25紀元 64 年頃
大祭司は、年ごとに、自分以外のものの血をたずさえて聖所にはいるが、キリストは、そのように、たびたびご自身をささげられるのではなかった。