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Conscience についての聖句

64 節 · 15 件の側面

重要な聖句

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  1. もしわたしが感謝して食べる場合、その感謝する物について、どうして人のそしりを受けるわけがあろうか。

  2. だから、飲むにも食べるにも、また何事をするにも、すべて神の栄光のためにすべきである。

  3. ユダヤ人にもギリシヤ人にも神の教会にも、つまずきになってはいけない。

  4. もしできたとすれば、儀式にたずさわる者たちは、一度きよめられた以上、もはや罪の自覚がなくなるのであるから、ささげ物をすることがやんだはずではあるまいか。

  5. しかし実際は、年ごとに、いけにえによって罪の思い出がよみがえって来るのである。

  6. なぜなら、雄牛ややぎなどの血は、罪を除き去ることができないからである。

  7. それだから、キリストがこの世にこられたとき、次のように言われた、 「あなたは、いけにえやささげ物を望まれないで、 わたしのために、からだを備えて下さった。

  8. あなたは燔祭や罪祭を好まれなかった。

  9. その時、わたしは言った、 『神よ、わたしにつき、 巻物の書物に書いてあるとおり、 見よ、御旨を行うためにまいりました』」。

  10. ここで、初めに、「あなたは、いけにえとささげ物と燔祭と罪祭と(すなわち、律法に従ってささげられるもの)を望まれず、好まれもしなかった」とあり、

  11. 次に、「見よ、わたしは御旨を行うためにまいりました」とある。すなわち、彼は、後のものを立てるために、初めのものを廃止されたのである。

  12. この御旨に基きただ一度イエス・キリストのからだがささげられたことによって、わたしたちはきよめられたのである。

  13. なぜなら、たといわたしたちの心に責められるようなことがあっても、神はわたしたちの心よりも大いなるかたであって、すべてをご存じだからである。

  14. 愛する者たちよ。もし心に責められるようなことがなければ、わたしたちは神に対して確信を持つことができる。