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Rest についての聖句

35 節 · 5 件の側面

重要な聖句

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  1. というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。

  2. ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。それは、 「わたしが怒って、 彼らをわたしの安息に、はいらせることはしないと、誓ったように」 と言われているとおりである。しかも、みわざは世の初めに、でき上がっていた。

  3. すなわち、聖書のある箇所で、七日目のことについて、「神は、七日目にすべてのわざをやめて休まれた」と言われており、

  4. またここで、「彼らをわたしの安息に、はいらせることはしない」と言われている。

  5. そこで、その安息にはいる機会が、人々になお残されているのであり、しかも、初めに福音を伝えられた人々は、不従順のゆえに、はいることをしなかったのであるから、

  6. 神は、あらためて、ある日を「きょう」として定め、長く時がたってから、先に引用したとおり、 「きょう、み声を聞いたなら、 あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」 とダビデをとおして言われたのである。

  7. もしヨシュアが彼らを休ませていたとすれば、神はあとになって、ほかの日のことについて語られたはずはない。

  8. こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。

  9. なぜなら、神の安息にはいった者は、神がみわざをやめて休まれたように、自分もわざを休んだからである。

  10. したがって、わたしたちは、この安息にはいるように努力しようではないか。そうでないと、同じような不従順の悪例にならって、落ちて行く者が出るかもしれない。