Philippi についての聖句: Contributes to the maintenance of Paul
Contributes to the maintenance of Paul についての聖句
さて、わたしが主にあって大いに喜んでいるのは、わたしを思う心が、あなたがたに今またついに芽ばえてきたことである。実は、あなたがたは、わたしのことを心にかけてくれてはいたが、よい機会がなかったのである。
わたしは乏しいから、こう言うのではない。わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。
わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている。
わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。
しかし、あなたがたは、よくもわたしと患難を共にしてくれた。
ピリピの人たちよ。あなたがたも知っているとおり、わたしが福音を宣伝し始めたころ、マケドニヤから出かけて行った時、物のやりとりをしてわたしの働きに参加した教会は、あなたがたのほかには全く無かった。
またテサロニケでも、一再ならず、物を送ってわたしの欠乏を補ってくれた。
わたしは、贈り物を求めているのではない。わたしの求めているのは、あなたがたの勘定をふやしていく果実なのである。
わたしは、すべての物を受けてあり余るほどである。エパフロデトから、あなたがたの贈り物をいただいて、飽き足りている。それは、かんばしいかおりであり、神の喜んで受けて下さる供え物である。