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Justification についての聖句

132 節 · 1 件の側面

重要な聖句

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  1. しかし、義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法に達しなかった。

  2. なぜであるか。信仰によらないで、行いによって得られるかのように、追い求めたからである。彼らは、つまずきの石につまずいたのである。

  3. 兄弟たちよ。わたしの心の願い、彼らのために神にささげる祈は、彼らが救われることである。

  4. わたしは、彼らが神に対して熱心であることはあかしするが、その熱心は深い知識によるものではない。

  5. なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。

  6. キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終りとなられたのである。

  7. モーセは、律法による義を行う人は、その義によって生きる、と書いている。

  8. しかし、信仰による義は、こう言っている、「あなたは心のうちで、だれが天に上るであろうかと言うな」。それは、キリストを引き降ろすことである。

  9. また、「だれが底知れぬ所に下るであろうかと言うな」。それは、キリストを死人の中から引き上げることである。

  10. では、なんと言っているか。「言葉はあなたの近くにある。あなたの口にあり、心にある」。この言葉とは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉である。

  11. すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。

  12. なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。

  13. 聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。

  14. ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。

  15. なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。

  16. しかし、信じたことのない者を、どうして呼び求めることがあろうか。聞いたことのない者を、どうして信じることがあろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか。

  17. つかわされなくては、どうして宣べ伝えることがあろうか。「ああ、麗しいかな、良きおとずれを告げる者の足は」と書いてあるとおりである。

  18. しかし、すべての人が福音に聞き従ったのではない。イザヤは、「主よ、だれがわたしたちから聞いたことを信じましたか」と言っている。

  19. したがって、信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである。

  20. しかしわたしは言う、彼らには聞えなかったのであろうか。否、むしろ 「その声は全地にひびきわたり、 その言葉は世界のはてにまで及んだ」。

  21. なお、わたしは言う、イスラエルは知らなかったのであろうか。まずモーセは言っている、 「わたしはあなたがたに、 国民でない者に対してねたみを起させ、 無知な国民に対して、 怒りをいだかせるであろう」。

  22. イザヤも大胆に言っている、 「わたしは、わたしを求めない者たちに見いだされ、 わたしを尋ねない者に、自分を現した」。

  23. そして、イスラエルについては、 「わたしは服従せずに反抗する民に、 終日わたしの手をさし伸べていた」 と言っている。

  24. 彼らが福音の真理に従ってまっすぐに歩いていないのを見て、わたしは衆人の面前でケパに言った、「あなたは、ユダヤ人であるのに、自分自身はユダヤ人のように生活しないで、異邦人のように生活していながら、どうして異邦人にユダヤ人のようになることをしいるのか」。

  25. わたしたちは生れながらのユダヤ人であって、異邦人なる罪人ではないが、