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ヘブル人への手紙 9:11-23

ヘブル人への手紙 9:11-23

11
しかしキリストがすでに現れた祝福の大祭司としてこられたとき、手で造られず、この世界に属さない、さらに大きく、完全な幕屋をとおり、
12
かつ、やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされたのである。
13
もし、やぎや雄牛の血や雌牛の灰が、汚れた人たちの上にまきかけられて、肉体をきよめ聖別するとすれば、
14
永遠の聖霊によって、ご自身を傷なき者として神にささげられたキリストの血は、なおさら、わたしたちの良心をきよめて死んだわざを取り除き、生ける神に仕える者としないであろうか。
15
それだから、キリストは新しい契約の仲保者なのである。それは、彼が初めの契約のもとで犯した罪過をあがなうために死なれた結果、召された者たちが、約束された永遠の国を受け継ぐためにほかならない。
16
いったい、遺言には、遺言者の死の証明が必要である。
17
遺言は死によってのみその効力を生じ、遺言者が生きている間は、効力がない。
18
だから、初めの契約も、血を流すことなしに成立したのではない。
19
すなわち、モーセが、律法に従ってすべての戒めを民全体に宣言したとき、水と赤色の羊毛とヒソプとの外に、子牛とやぎとの血を取って、契約書と民全体とにふりかけ、
20
そして、「これは、神があなたがたに対して立てられた契約の血である」と言った。
21
彼はまた、幕屋と儀式用の器具いっさいにも、同様に血をふりかけた。
22
こうして、ほとんどすべての物が、律法に従い、血によってきよめられたのである。血を流すことなしには、罪のゆるしはあり得ない。
23
このように、天にあるもののひな型は、これらのものできよめられる必要があるが、天にあるものは、これらより更にすぐれたいけにえで、きよめられねばならない。

聖書本文:Japanese Kougo-yaku (1954/1955) · パブリックドメイン